大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)297号 決定 1985年10月14日

本籍・住居

千葉県海上郡飯岡町平松七六一番地

漁網船具販売及び水産物加工販売業

野間傳次郎

昭和六年四月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年二月二一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人斎藤尚志の上告趣意第一は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第二のうち判例違反をいう点は、原判決は所論の点につきなんら法律判断を示していないから、所論は前提を欠き、その余は量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

○ 上告趣意書

被告人 野間伝次郎

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告理由は左記のとおりである。

昭和五八年四月一九日

右弁護人 斎藤尚志

最高裁判所 御中

第一、原判決は重要且唯一の証人に対する証拠調申請を却下した結果判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認をしている。

一、被告人は、被告人の弟野間石松が株式会社中彦の塩干課長横尾晃との間で被告人に関係のない取引を行ったものであり、被告人の所得から除外すべきであると主張し、原審において横尾晃の証人申請をしたのであるが、原審はこれを却下した。

二、右横尾は第一審当時株式会社中彦に勤務しており、同社は被告人の営業とも関連があった為、証人申請を差し控えていたのであるが、第一審判決が被告人の主張を認めなかったことを聞き及び真実を明らかにする為には法廷において証言する旨を申し出たので申請したのであった。

横尾に関しては検察官調書は勿論のこと大蔵事務官による質問てん末書も提出されていないのであって、中彦関係の「取引内容の照会に対する回答」その他の証明書のみによっては真実は発見できないものである。

三、中彦との取引は、荷受業者と取引のある納入業者の関係から野間石松の個人的取引であっても被告人と中彦の取引の外形を保ったものでなければ実行できないものであるから外形は被告人の所得となるようなものとならざるを得ないことは控訴理由においても述べて来たところであるが、捜査当局は横尾晃から事情聴取している筈であるにも拘らず、その調書を提出していないのである。

原判決は、野間石松の供述は他の関係各証拠に照らし、にわかに措信することができない。と判示するが、真実を追求すべき刑事裁判において右の事実に基いて考える時、公正は担保されていないと評せざるを得ない。

四、次に原審は、三河武雄の証人尋問申請却下であるが、同人は昭和五三年七月手形不渡を出した後背骨の一部が癒着し神経障害を起して同年末頃は仕事が殆んど出来なくなり昭和五四年九月二九日銚子市芝町の児玉神経内科に入院し、その後も入退院を繰り返しており昭和五六年の第一審の審理当時は左頸部(耳下腺の腫瘍)を手術した直後で顔面は変形しており病名は癌であると言われて、余命幾程もないとみられていた。

その為被告人は出廷させるに忍びず、妻の三河具子の証言のみに止めたのであった。

控訴審に至った昭和五七年暮頃三河武雄は丸山ワクチンで有名な日本医科大学付属病院に入院した。

五、営業譲渡の有無につき客観的事実を総合して認定すべきものであることについては弁護人も異論を挟むものではない。しかしながら、倒産後の債権者対策として苦しまぎれに種々の工作をすることは公知の事実であって、真実がどこにあるのかを認定する為には、倒産後三河武雄が何を考え被告人がどう思ったかも重要な要素であると言わなければならない。

第一審判決において三河武雄と被告人の関係は営業譲渡ではなく貸借関係が存続したものと認定されたので、被告人は情において忍びないけれども、三河武雄に真実を述べてもららべく証人申請したのであるが、原審はこれを却下したのである。

六、営業譲渡か否かの判断につき、少なからぬ意味をもつ昭和五四年七月一一日付で作成された漁業協同経営契約公正証書――これは三河武雄の倒産直後からの営業形態を一部成文化したものである――について、第一審は「あるいは他の債権者からの取立を免れるためになしたものである」と認定した(判決書一九丁表)が、原判決は同趣旨を認定しながら「その利益から被告人が七割、三河要太郎が三割それぞれ取得すること、同日以前三河要太郎が負担するに至った債務については被告人が一切責任を負わないことが記載されている」と形式的認定をなし、真実の経営者であると原判決が認定した三河武雄が、如何なる趣旨で右公正証書を作成したのかについて、三河武雄の真意を確めていないのである。

第二、原判決は、実質課税の原則と租税負担公平の原則を明言した最高裁判所に違反し、法律形式に捉われた違法を犯している。

一、実質課税の原則は、我が国の税法上早くから、内在する条理として是認されてきた基本的指導理念であると解するのが相当である。とする昭和三七年六月二九日の最高裁判例(裁判所時報三五九号一頁)は、未だに変更されていないものであり、「税法が現実に発生した経済的成果、経済的利益に租税力を測定して課税するいわゆる実質主義を基本原則としている」(大阪高裁昭和四五年一月二六日判決、行集二一巻一号八〇頁)。

二、昭和五三年七月三河武雄(名義上は三河要太郎)が倒産し、被告人は同年一〇月頃三河武雄の営業譲渡を受けたので、被告人が三河武雄に対して有していた債権は混同により消滅したとの主張に対し原判決は第一審と同様に斥けたのであるが、同年一〇月頃からの被告人と三河武雄との関係を営業譲渡であるか倒産会社への貸付であるかとみるのは兎も角として、同年一二月中には両者間には営業譲渡がなされたものであって、同年一〇月頃に営業譲渡がなされた事実はないと判断したのは形式的にすぎる。

原判決は、波崎漁協組や造船所等に対し「被告人が武雄を援助する旨それぞれ伝えるとともに、同人に対し、その営業資金を融資した」と認定するが、右は被告人において責任をもつから従来通り三河丸関係の取引を続けてほしい旨を伝えているのであって、同年一二月には被告人方の漁網部門から漁網を出して漁を続けたのであって売買ではないのである。既に倒産し一億近い借材を抱えた上、本人が病弱な経営者は正に「支払能力はなかった」(54・10・16三河武雄調書一六項)ものであるから漁網を売買する企業人は有り得ないものと言わなければならない。

そして同年一二月一六日波崎漁協の普通預金口座を被告人名義とし、被告人振出の小切手によって営業し、昭和五四年七月一一日には名目だけの漁業協同経営公正証書を作成しているのである。

右公正証書について原判決は、被告人が七割分を取得することを確定したかの如く判示するが、第一審判決のとおり、三河武雄が勝手に水揚げを処分しない為のものなのであって右一連の行為を実質的にみれば正に営業譲渡なのであって、原判決は形式的判断に終始しているのである。

三、原判決は「不渡手形を出した後も被告人の援助を受けて漁業を続けていたが、昭和五五年四月ころ、被告人が漁業権を取得したうえ、新たに漁船を購入して営業を始めたので、そのころから(武雄は 弁護人注)被告人の被使用者という身分になった」と判示するが、武雄の有していた漁業権は茨城県知事の許可にかかるものであった為、千葉県在住の被告人はこれの名義変更が許されないという理由によって、武雄の漁業権の変更を受けなかっただけであって、原判決が昭和五五年に至って始めて被告人が三河武雄を雇傭したということではないのである。

昭和五三年末頃には、武雄に漁業経営者としての信用も気力も体力もなくなっており専ら被告人の資力に頼り被告人の計算において漁業を行い給料を支給して来ているのである。

原判決は控訴理由に答える形で武雄の給料分支給が「漁業に従事し、その労務を提供したことに対する対価を支給されていたという趣旨を判示しているものと解されないから」営業譲渡を受けていない旨の判示と矛盾しないと言うが、労務提供の対価でなければ贈与であると言うのであろうか、贈与であれば営業譲渡と何故矛盾しないと言うのであるか、実体的には給与相当分が支払われているのであるから、原判決は実質課税の原則を忘れ、法律形式に捉われていると言わざるを得ないのである。

四、原判決は刑の量定が甚しく不当であるので、独立の上告理由として掲げるべきとも考えられないではないが、実質課税の原則とも関連するので、本項で述べることとする。

三河武雄一家は倒産後、妻が家出してしまい、老父と病弱な武雄本人が債権者に責められ経営の気力も失って昭和五三年末には被告人の助力がなければ何も出来ない状態となっていたものであって、仮りに営業譲渡がなかったとしても被告人が有していた三河武雄に対する債権は実質的に回収不能となっていたものである。

従って実質課税・担税能力の公平という点からみるならば少くとも三河武雄に対して有していたと認定された債権――原審は五九八九万二三五四円と認定し、第一審は六三九九万二四五円と認定するが、第一審認定が正しい――は所得税法第五一条二号および所得税法基本通達五一-一八によって資産損失と認むべきものであり、昭和五六年法律第五四号第二条によっても罰金刑の上限は変更ないのであるところ、原判決は右資産損失を考慮することなく第一審判決の罰金額を維持しているのであって、罰金刑についてはこれを破棄しなければ著るしく正義に反するものである。

以上

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